忍辱ー逃げないという事ー

運気には波があります。何をやってもとんとん拍子にいく時もありますし、反対にやる事なす事、裏目裏目に出る こともある。運の悪い人はいろいろ考えるものです。何故こうなったんだろう…先祖を祀ってないからどろうか、 方角が悪かったんだろうか、生霊死霊の祟りだろうか…。そして、抜け出そうともがき苦しみます。自分の身にいろいろな 事が起こってきたときについつい人は何かのせいにしてしまいがちです。
仏教では「業」ということをいいます。「業」というのは行いです。自分の撒いた種は自分が刈り取らねばならない。 よくない事が起こったときに我々はつい楽な方へと走り、自分の気に入った方へ流れます。しかし、それは刈り取るべき業をちょっと先送りにしているか、目をそらせているだけで逃げているにすぎません。
私たちに今、課せられている事は他の誰のせいでもなく自分自身の作った業の結果であるという事をしっかりと認識すべきです。 他に責任転嫁したり目をそらしたりせず、しっかりと耐え忍ぶ事が大切だと思います。
自分の業をしっかりとひき受けて、さて、そこから運を作っていく工夫をしていくのです。
不動の心をもって物事に向き合うのでなければ運は手を貸してくれません。 苦しさの中から這い上がる知恵を磨いていくならば、運は必ず後から追いかけてくるものです。
地に足をつけて踏ん張りましょう。

あっ、自分の不幸を今度は「業」のせいにしていませんか?          覚 心